いのちの光 学園牧師のメッセージ

メッセージ

2015/08/07
~『失敗者の自叙伝』に学ぶ~(14)

教育への熱き思いと祈りの姿に学ぶ

ヴォーリズが赴任した滋賀県立商業学校は、商家の優秀な学生が学んでいた学校でありましたが、学生の学校生活面では、なかなか教師を手こずらせる意気盛んな学生もいたようです。ヴォーリズは、年齢差もあまりなかったこともあって、学生たちと気さくに話をし、放課後のバイブル・クラスでは、学生一人ひとりと良き友となって、共に祈り、学生たちの信頼を日々得て行きますが、その反対勢力の学生たちから相当な迫害を受けた様子です。

しかし、赴任1年目で、言葉、生活習慣、文化の「隔ての壁」があったにもかかわらず、人間関係を豊かに構築して行きます。思わず後ずさりをするような事態、困難な事態にも真剣に向き合う誠実さに感銘を受けるのです。分け隔てなく、人を思う純粋さに教えられます。

『失敗者の自叙伝』の190頁に記されていますが、職員会議で退学学処分や無期停学処分になった生徒たちを自分の家に引き取り、彼らと寝起きを共にし、バイブル・クラスの生徒たちと共に熱き思いをもって祈る姿には、正直、驚きます。その祈りによって、処分宣告をされた生徒たちが「生まれ変わり」、その結果、処分を取り消された出来事を知りますと、言葉や生活、文化の違いや多様性などは、人間の本質の違いにはならないと教えられます。退学処分を宣告された生徒は、最初は、それが、ヴォーリズの仕業だと誤解し、懐中にピストルをしのばせて来たのですが、ヴォーリズの誠実な対応と助言により、誤解が解かれ、更生へと導かれて行ったことが記されています。

人間が生みだす厳しく複雑な状況下でも人間の心が通い合える希望があること、わずかな希望をも人間の思いによって繋がれ続ける教訓を得ます。言語の違い、生活習慣の違い、文化の違いなどは、時として人間世界に「隔ての壁」を生み出しているように思えますが、本質的な「隔ての壁」にはならないことです。

人間社会には、自分たちが創り出す「隔ての壁」に固執して、同質の人間を求め、それによって社会に安心安全を得ようとする傾向が強くあります。この傾向を克服しなければ、そして、多様性の中にこそ人間らしい豊かさがあることを学びあわなければ、世界に平和の訪れを期待できないのではないでしょうか。言語、生活習慣、文化の違いが人間の本質的な違いにならないこと、自己本位で偏狭なナショナリズムに陥らない学びをしなければと自戒をするところです。

教師の生徒への熱い思いが祈りとなり、仲間たちの祈りへと拡がり、一人の生徒が「生まれ変わり」を経験し、立ち直るという出来事は、教師として至福の事柄ではないでしょうか。若きヴォーリズの生徒に向かう情熱が伝わってくる思いがいたします。人の心を深く耕す教育は、耕す者の内面的なエネルギーを吸収しながら、教育を受ける者の心の土壌を人間らしく肥沃に成長させてゆくのだと教えられます。

 

ページトップへ