いのちの光 学園牧師のメッセージ

メッセージ

2015/06/30
~『失敗者の自叙伝』に学ぶ~(12)

―「使命」の自覚―

1902年初頭、コロラド・カレッジ在学二年生の時、思いがけない人生の転換を迫られたヴォーリズの心の動きが『失敗者の自叙伝』「歴史的会議へ」の項で鮮明に記されています。

コロラド・カレッジ入学一年時からヴォーリズは学生YMCAの活動に熱心に取り組み、二年時にはカナダのトロントにあるマッセイホールで開催された「学生伝道隊運動世界大会」に派遣されることになりました。その時点では、彼は将来建築家になることを夢見て、すでに歩み始めていたのです。しかし、自分の思いとは異なり、このマッセイホールで、衝撃的な出来事が起こったのです。

1902年の初頭、ヴォーリズ21歳のときでありました。1900年、中国で起こったキリスト教宣教師たちや信徒たちへの迫害事件は、義和団事件として世界に衝撃を与えました。この事件の証人であったハワード・テーラー女史の講演が満堂のマッセイホールに響き渡り、ヴォーリズは、これまでにない深い霊的な体験をしたのです。学生たちに海外伝道に献身することを訴えている講師の顔が、ある瞬間、キリストの顔に変わり、キリスト自身が「お前はどうするつもりなのか?」と迫る声を聴いたのです。神からの「召命」の決定的な瞬間でありました。

人生の大転換を迫られ、海外伝道を決意したヴォーリズの願いは、その道の専門家にも思い及ばないような大胆なものでした。「私が外国伝道に派遣される場合には、今まで宣教師の行ったことのない、今後も外国伝道団が手をつけそうもないような所へ行って、独立自給で神の国の細胞を作ってみたい」という壮大な夢でした。

大学卒業後、YMCA本部の仲介によって、滋賀県立商業学校(現八幡商業高等学校)の12代目の英語教師として赴任したヴォーリズは、1905年2月2日、八幡の町にその第一歩を記したのですが、遣わされた地で自給自足の精神をもって「理想郷」創りをしたいという壮大な「夢」は、来日前にすでに熱く膨らんでいたと考えます。ヴォーリズは、内に秘めたその熱き思いを「卒業後実行すべき特殊な形式の宣教活動についての夢に心を沸き立たせた」(『失敗者の自叙伝』p.71)と記しています。

人がそれぞれ「使命感」をもって自分らしい人生を形作って行くことは、とても大事なことだと考えます。与えられている「いのち」、自分でしか生きられない「いのち」、生かされている「いのち」と言われますが、若い人々が自らの「いのち」の使命(ミッション)を深く考えるきっかけを得ることは、教育の本来果たすべき務めの一つではないでしょうか。

自分の「いのち」を何のために使うのか、その「いのち」をどのように使うのか、真面目に悩み、自分と向き合って深く考える時が与えられることは、自分の未来の扉を自分の意志によって開くことに繋がって行きます。自立した人間になるとことだけを求めるのではなく、同時に、他者の幸せのために生き始めることに人生の豊かさと幸せがあることを発見することにもつながります。その人でしか果たせない「使命」(ミッション)が神さまから託されていることを覚え、社会のために奉仕する若者を世に送り出したいものです。

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