いのちの光 学園牧師のメッセージ

メッセージ

2015/05/26
~『失敗者の自叙伝』に学ぶ ~(10)

      

「未来への扉を開く勇気」―自立への第一歩

田中 優氏の著書『新しい社会のつくり方』(合同出版p.175)の中に「未来は、二つの種類しかない」という言葉があります。日本のこれまでの教育を改革するための示唆に富む言葉だと考えます。「未来への扉は、たった二種類しかない。一つは、余儀なくされる未来、もう一つは、自分の意志で開く未来だ。この二つには大きな違いがある。自分の意志で選択したなら、どんな未来でも“させられたもの”にはならない。・・・自分の意志で未来を選択したくない人にとってみれば、すべての扉は“させられるもの、余儀なくされたもの”にしておきたい。その結果に責任は背負わずにすむ。それは誰かのせいであり、社会のせいですむからだ。・・・不幸なのは自分の行く末が見えたときだ。・・・自分の生を振り返ることだってある。その時気づく。自分の生の軌跡が存在しないことに。自分の意志で選択したことがないから、自分の足跡が見当たらないのだ。・・・自分のものでなければならないはずの“生”が存在しない。・・・」

ヴォーリズは、まさに自らの「生の軌跡」を鮮明に遺した人であると思います。その「軌跡」は、神から与えられた使命に生きた人生の軌跡であり、それは、信仰による「生の軌跡」と言えるのではないでしょうか。

ヴォーリズは大学二年生の時に、神の召命に自ら応え、その二年経過後も、変わらぬ堅い決意をもって近江の国に来たのは、24歳の時でありました。専門訓練を受けた宣教師としてではなく、一信徒として、後ろ盾になる組織や財政的支援や保障もなく、未知なる異国の地に足を踏み入れた勇気ある冒険でした。それは、神の召命に応える第一歩であり、まさに信仰による未来への冒険でありました。それは、また、彼独自の宣教活動の足跡を残す歴史的一歩となったのです。

自分の意志で自分の未来への選択をすることは、当たり前のようですが、今の若い人々にとって、必ずしもそうではないようです。自分の人生の未来を自らの意志決定を大切にして自分でその責任をとる環境にないと言えるのかもしれません。幼い時から、親の言うとおり勉強し、習い事や塾通いもあり、学校では、教師主導の授業で常に受け身で勉強をさせられることや課外活動も教師や指導者がつきっきりで指導助言をし、従順な対応を求める体制では、自分の未来を自分で考え、悩みながらも自分で解決する力が培われないのではと危惧をいたします。特に義務教育を終え、社会に出る準備段階にある高校生に対して自学自習に重きを置いた教育改革が大切であろうと考えます。「させられる」学校生活の延長で社会生活までそのようになってもらっては、何のための教育なのかと考えさせられます。自立した生活を目指し、与えられているすばらしい個性や才能を磨き、輝いて社会の大切な構成員になるには、受け身的な学びから脱却する「目覚め」をしてもらいたいのです。自分の人生の足跡、生きている証をしっかりと記すことができるように自ら学ぶ、自主的な学びの確立が大切だと考えます。

 

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