いのちの光 学園牧師のメッセージ

メッセージ

2014/11/08
ヴォーリズ没後50年~『失敗者の自叙伝』に学ぶ~(6)

―人間教育は協働の芸術―

 

人間教育は、芸術であると、つくづく思わされます。母の胎内で「いのち」を育まれ、この世に生を受けた新生児は、親や家族の愛情によって大切に育まれ、保育園や幼稚園を経て義務教育課程の小学校、中学校を卒業して行きます。

 

本来は、この段階で社会に出るための自立心が培われ、社会で生きて行ける力をしっかりと養われればよいのでしょうが、現実はそうではありません。高等学校や専門学校、また、大学へ行って、学校機関で学び続ける人が大多数です。そして、ここでも、保護者や家族の人々の支援を受けながら、勉学を続けるのですが、考えてみれば、一人の人間が社会に送られるのにどれほど多くの人々の支えや、助言や教えが注ぎ込まれていることでしょうか。

本人の努力は、もちろんのこと、親、家族、教師、友達などの関わりの中で、人間形成がなされ、個性、才能が磨かれ、世に送り出されることを思いますと、教育はまさに芸術の働きであると思わされるのです。

教育の働きは、人々の協働のわざであると思うのです。人は一人では生きて行けません。人は、人を必要としています。人は、人とのかかわりによってこそ、人間らしい幸せや豊かさを得ることができると、改めて教えられるのです。

自立心は、社会に出るまでにしっかりと培われる必要がありますが、それだけでは教育の働きを全うたしと言うことはできません。学校教育において人と人とのかかわりのなかにおける自己の確立を目指すとともに他者への敬愛の念が生まれ、支え、支えられる相互の関係によって人は幸せを得、豊かさを手にすることができることを学ぶ必要があります。

人の教育に重い責務を担う学校教育においては、人間の内面的価値を大切にする心の教育が、知育、体育とともに重視されるべき事柄です。人間の内面的価値の大切さを忘れた知育偏重教育では、人間教育の責務を果たしているとは言えません。

自他の「いのち」の大切さを学び、他の「いのち」とのかかわりにおいて生かされている存在として、人が人として成長することができ、一人ひとりに与えられている尊い「いのち」にその人でしか果たせない使命(ミッション)が託されていることを知らしめる人間教育がなされて行くことが、今、私たちの社会で一番に求められているところではないでしょうか。

病弱、虚弱で世話のやける子どもであった少年ヴォーリズ。依存心が強く、自分から何もせず、いつも周囲の人々から世話をしてもらうことを期待するヴォーリズ少年が、宗教、音楽、絵画、荘厳な大自然の環境のもとに様々な社会体験をしながら、自らの弱点を克服し、心身ともに健康な青年に成長してゆく姿に、人間形成の芸術を感じます。ヴォーリズ少年の成長のもう一つの重要な役割を果たしているのが、家庭教育であり、ご両親の背中であり、その生きざまなのです。彼のご両親に対する尊敬の念には、大変教えられるところがあります。『失敗者の自叙伝』では、「両親の責任」としてあえて一項を起こしています。

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