学園

いのちの光

2017/12/01
いのちの光 『クリスマスを祝う』

宗教センターニュース(2017年12月1日発行)

中学校宗教主任 大門耕平

わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように。

(ルカによる福音書 1章38節)

クリスマスを待ち望む期間を迎えました。このアドベントの期間、互いのことを思い、祈り合う時間を過ごしたいと思います。

クリスマスという言葉は救世主を表す「キリスト」と「マス」という礼拝を表す言葉の合成語であり、「イエス・キリストの誕生を祝う礼拝」を意味しています。キリスト教では、12月25日にクリスマスを祝い、またその日からさかのぼる約4週間をアドベントと呼んで大切にする習慣を守っています。アドベントの語源は「待つ、待望する」に由来し、キリストの誕生を待ち望む時期のことを指します。アドベントは11月30日直近の日曜日から始まることになっており、教会暦では今年は12月3日からです。12月24日まではアドベントであり、12月25日からクリスマスが始まります。

聖書に記されたクリスマスの物語は、イエス・キリストの誕生の出来事が天使により告げられるところから始まります。ルカによる福音書には、このことを告げられた時、「マリアはこれらの出来事をすべて心に留めて、思い巡らした」と記述されています。救い主の誕生が伝えられ、喜びを覚えると共に、いったいその「救い主誕生」が「どのようなことなのか」、「どのような意味を持つものか」ということを考え、この出来事と向き合う姿です。

天使からの告知は、喜びであると共に、戸惑いを生むものです。突如として母親になるという現実を突き詰められたこと、自分の子が世界を救う救い主になるという使命を持って生まれてくること、おそらくマリアが思い描いていた未来、願っていた未来とは異なる現実だったのでしょう。この突きつけられた現実の前でマリアは、自らの思いを確認するかのように静かに考える時間を過ごしていきます。

聖書は、そのマリアを「思い巡らしていた。」と伝えています。マリアは、自らの願いとは異なる現実、思い描いていたものとは異なる未来という事実の中で、思い巡らし、ひとつの結論を導き出します。それが、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」という言葉です。自らの希望とは異なる現実であったとしても、それから逃げるのではなく、それも神様から与えられたものと理解し、それと向き合う決意をしているのです。クリスマスの出来事の始まりには、自らの願いではなくとも、神様から与えられた事実に向き合う決意をするマリアの姿があります。

選択することが大切な時代と言われます。また効率的に生きることが必要な時代とも表現されます。選択的であることは、自分の決断に責任を持つ自立の時代とも言われます。しかし、このことは、不利益を選ばない時代、非効率的なものを切り捨てていく時代と表現することもできます。この時代を生きる私たちにクリスマスの出来事は、今日のマリアのような自分の置かれている状況を受け入れること、非選択でいることの重要性を伝えてくれているのかもしれません。

ヴォーリズ先生は、自分の置かれた場所に非選択的でありました。たとえ不利益や非効率を生み出すと予想されても、それに背を向けないものでした。その積み重ねがこのヴォーリズ学園を生み出しました。ここに集う私たちは、非選択的であることを意志として持つものでありたいと思います。

アドベントの期間が始まります。クリスマスの出来事を迎えるまでの期間、私たちも祈る時間を過ごしていきたいと思います。自らの願いを思い描くと共に、たとえそれとは違う現実に向き合ったとしても、「お言葉通り、この身になりますように」というマリアの言葉のように、それを受け止めること、意志を持つことを大切にしていきたいと思います。このヴォーリズ学園につながるものとして、祈りながらアドベントの時間を過ごしましょう。

 

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クリスマス献金のお願い

献金は学園では年に1回のクリスマスの時期にお願いしています。集められた献金は必要とされるところに届けられ有効に使われます。献金先は、クリスマス献金アピール文に示されているので参考にしてください。有り余る中からではなく、無駄遣いを控えて困っている方々を覚えてささげましょう。神様は分かち合うことを求めておられます

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